久伊豆神社由緒 御祭神 大国主命 例大祭 四月十九日 十月十九日 久伊豆神社は、約1,400年前欽明天皇の御代 出雲族土師(はじ)氏が東国移動の際にこの地に大国主命を出雲国より勧請したのが始まりで、その後戦国時代には、相州鎌倉扇ヶ谷上杉定正が家老太田道潅氏に命じ、岩槻に築城の際、城の鎮守として現在地に奉鎮したといわれている。 江戸時代には、歴代城主より崇められ多数の宝物が寄進され、特に家康公は江戸の北東の鬼門除けとして祈願させられた。 神社境内は城址の一部で、元荒川が東北に流れ、市内でも数少ない貴重な社叢として知られる。 明治八年一月十一日、火災に遭い、時の城主、町民より寄進された社殿等鳥有に帰し、現社殿は、その後氏子崇敬者の 誠意により再建されたものである。 現在神域は次第に整い、神威はいよいよ高く神徳ますます輝きわたり、 岩槻総鎮守として広く人々の崇敬をあつめている。