今日は雲南市木次町の斐伊神社です。国道54号線で木次町に入って斐伊川土手を降りると鳥居が見えてきます。自動車教習所の脇の踏切を渡って車を止めます。立派な鳥居をくぐって階段を登ると一面にドングリの実が。これだけあるともったいないような気がします。 以下はご由緒です。
【斐伊神社概記】
『祭神』
須佐之男尊 稲毘売命 伊都之尾羽張命
『合殿 』
樋速夜比古神社 祭神 樋速夜比古命
『由緒』
本社の創立は甚だ古く孝昭天皇五年にご分霊を元官幣大社氷川神社に移したと古史伝に記載している。
出雲風土記の「樋社」で延喜式に「斐伊神社同社樋速夜比古神社」とある。天平時代に二社あったのを一社に併合したのであろう。他の一社は今の八本杉にあったと考えられる。「樋社」を斐伊神社と改稱したのはこの郷の名が「樋」といったのを神亀三年民部省の口宣により「斐伊」改めたことによる。延喜の制国幣小社に列せられ清和天皇貞観十三年十一月十日神位従五位上を授けられた。
本社は中世より宮崎大明神と稱えられ地方九ヶ村の崇敬厚く明治元年までその総氏神としてあがめられた。明治四年五月郷社に列せられた。
明治十六年馬場替えをし、仝四十年五月日宮八幡宮稲荷神社を本社境内に移転し、境内末社とした。
昭和五十六年九月一日島根県神社庁特別神社に指定された。
昭和六十三年八月廿五日社務所を改築した。
『祭祀』
例祭十月廿一日
祈年祭三月廿日
新嘗祭十一月丗日
『境内神社』
日宮八幡宮 [祭神] 誉田別尊 息長足姫命 足仲彦尊 [例祭] 九月十五日
稲荷神社 [祭神] 宇迦御魂神 外三注 [例祭]十一月一日 [合殿] 廿原神社 祭神 古那比売命
火守神社 [祭神] 迦具土命 [例祭]八月廿四日
『神紋』
二重亀甲に交い鷹の羽
『社殿』
大社造変態
孝昭天皇五年は紀元前480年のこと。出雲の歴史を感じます。
本殿でお参りをして、もう一段高いところにある祠へ。こちらは火守神社の様です。
一通りお参りをして八本杉へ向かうと綿毛のような鳥のような虫のような物体がふわふわと飛んでいました。
なんなんだろうと写真に撮りましたが、ピントがぼけていていまいち解らず。 ネットでは雪虫とかなんとか書いてありました。
以下は八本杉の由緒です。
須佐之男命は八俣の大蛇を退治し、再び生き返って、人々に危害を与えないように、八つの頭をこの地に埋め、その上に杉を植えられた場所です。そして、「我たのむ人を恵みの杉を植えて、八重垣かこみ守る末の代」と詩を詠まれた地です。
鎮座地:雲南市木次町里方463番地
八本杉 |