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伊賀多氣神社とオロチ神話

伊賀多気神社(2011.12.02) |Comments(0)|Trackback(0)


横田町の伊賀多氣神社のご紹介です。この神社の案内板には八岐大蛇神話についてハッキリと持論が述べられています。その内容は、太古の出雲の風景や人々の営みをとてもリアルに感じられ、オロチ退治は関係があるかどうか分かりませんが、10年以上前のジブリの映画も同じような設定で描かれてました。以下はその案内です。

【伊賀多氣神社 略記】
伊賀多氣神社は垂仁天皇の御代に創建せられた延喜式内の古社にして、出雲風土記に神祇官社・延喜之制・小社とせられている。
御鎮座地は古代横田庄と云い仙洞院御料地であった。
然し乍ら戦国時代の戦火に罹(かか)り御社殿・社家共に炎上し古資料を失ったことは誠に残念である。
御主祭神は、素戔嗚尊の御子五十猛(いそたける)命である。
相殿として素戔嗚尊、大己貴命を合わせ祀っている。
父神素戔嗚尊が姉神天照皇大神のおいかりにふれられ、高天原を逐われ朝鮮の新羅國曽尸茂梨(そしもり)の地に降りられた時、父神と共に降りられ父神をたすけられた。
後に父神が本土にお帰りの折りお供をし五十猛(大田市)の浦へ着かれた。
その時命は曽尸茂梨より樹木の種子をお持ち帰りになった。父神と共に簸乃川上にのぼられ、稲田の里にて稲田の地頭・脚摩乳(あしなづち)、妻の手摩乳(てなづち)より「オロチ」の被害を聞かれ、父神と共に鳥髪山(船通山)に登られ、オロチ族の鉄穴(かんな)流し(鉄の原料である砂鉄を採るため山を崩して流す)のため四方の山々が禿げ山となっており、これでは雨期に洪水となり人々が難渋(なんじゅう)するので、命が、父神はオロチ族に斬様なことをしないよう直接談判して下さい(オロチ退治)。
私は鳥髪山から乾(いぬい)の方角に當る地にとどまり、住民と共に樹木の苗を育て荒れ山に植樹して治山治水を行いますと申された。
その地が御當社御鎮座地角村である。命は住民に「杉及び楠」は浮舟に、「桧木」はごてんを作れ、「マキ」の木は火をたいて物を焼くのに用いよと教えられた。その後、命は日本國中に植樹造林をおすすめになられた。
このため朝廷から國土経営の神として遇せられ、全國の人々から林業の守護神として崇められている。

【御社宝】
木造 随神立像 二駆
木造 獅子頭  一頭
共に県文化財

【御祭日】
祈年祭 四月八日
例大祭十一月八日
新嘗祭十二月八日



境内にある大ケヤキ。

幹の中が空洞になっている。大人が入れるほどの広さ。

上は普通に枝が伸びている。

樹齢は不明だが、数百年は生きていると思われる。

枝ぶりなどはまだまだ元気そうだ。

鎮座地:仁多郡奥出雲町横田1278番地

























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