雲南市木次町の來次(きすき)神社の紹介です。昔といっても昭和のお話ですが木次町には来次町商店街と書いてある看板があり、「木」と「来」で漢字が違うのを不思議に思った覚えがあります。 地名の由来となったのが、その昔「大巳貴命(おおなむちのみこと)」が追っていた敵に追いついて、討ち滅ぼした場所が木次町付近で、「追いつく」ことを「来次(きすき)」と昔は言っていたからだそうです。 以下は正面の鳥居横の説明書きからの抜粋です。
当社は「出雲国風土記」(713年)に「支須支(きすき)社」とあり、また「延喜式神名帳」(927年)に記載されている「式内社」でもある。祭神は「大巳貴命(おおなむちのみこと)」「武御雷命(たけみかづちのみこと)」別に「誉田別尊(ほんだわけのみこと)」が合祀されている。 また当社は「八所八幡宮」の中の一社である。これは鎌倉時代にこの出雲国の八カ所に八幡宮が勧請され、これを「出雲八所八幡宮」というのである。 本来の社地は現地より西方100mのところにあり「跡の城」と呼ばれ現在でも石の祠が残されている。
「跡の城」があることは知りませんでした。今度探して紹介したいと思います。
ひさびさに天気の良い日でした。
鎮座地:雲南市木次町木次782 |